ポテト

親指シフトの練習と、備忘録もかねてブログを始める。書き留めてないとおんなじ事を考えては考えたことを忘れるのを繰り返すから時間の無駄っぽいと思った。歯ブラシが切れたから買って帰ったら自宅に同じ銘柄の新品歯ブラシが100本くらいあって自分が記憶の病気を患っていることに気づくけどそれもまた忘れて翌日また衝撃をうけるというドラマのワンシーンを昔見て忘れられない。

内容はどれもtwitterで三回くらい書いたものばっかになると思う。

寝不足。

昨日食卓で弟と、自分らは小学校の友達と何を話している(いた)んだろうね?という話題になった。母が、私が小4時に仲が良く、主に小6時ポテトと呼ばれていた子と私が何を話してるんだか不思議だったよと言ってきた。

多分小中学校で関わりがあった人との会話で一番鮮明に覚えているのが彼女との会話だ。正確には、彼女が一方的に喋り倒していた法螺話。憶えているのを列挙する。

小泉首相から手紙が来た。ミシンを使っていたら親指にミシン針が刺さって、爪が剥がれないように慎重に引っこ抜き、傷口は数時間のうちに塞がった、ほらみて傷ないでしょ?同居しているおばさんが包丁を投げつけてきて、壁際に立っていた私の頭のすぐ横に刺さった。東京国際バレエコンクール小学生の部で二位になった。

最後から二番目の包丁の件は全くの法螺話とも言えないのではないかと思っている。父方か母方か忘れたけど同居していたお婆ちゃんが亡くなって、程なくして彼女の両親が離婚して彼女は母とともに校区内の違う場所に引っ越した。小5の半ばの話だったとおもう。ちょうどその頃私は、彼女が詳細な擬音とジェスチャーで私に下校中毎日話してくれていた数々のニュースがほぼ法螺話だったと気づいた。ウスノロの私はそれまでずっと全てマジ話だと思って聞いていた。もう私たちは同じクラスではなかったし彼女の転居で帰り道も被らなくなり、それを機に私は彼女と疎遠になった。

話しかけづらかった。気まずいというよりは面倒くさいという意味で。私は彼女の顔と名前と元々住んでいた家を知っているけど、それ以外のこと、私が一年かけて知っていった彼女の経験はあらかた存在しないものだったのだ。彼女も私が気付いたことを察したぽいから今話しかければホントの体験談を聞かせてくれるだろうけど、またいちから彼女のことを知っていくのは面倒だった。嘘で何が悪かったのか?それもよくわからない。正解がない。めんどくさい。彼女が他の子にも法螺を聞かせていたのか私は知らない。「ボテトちゃんって○○ちゃんにウソ話してた?」なんて当時の私には言えなかった。彼女は転校したての私に仲良くしてくれた恩人でもあったから、万が一にも名誉に傷をつけるのは私のプライドが無理だった。

幸いふたたびクラスがかぶることはその後一度もなかった。

中学二年のときだったか、トロンボーン吹きの学年の天使が「どうして(ポテトちゃん)となかよくしないの?話したがってるよ」と言ってきた。もっと圧力のない言い方だったけど。天使ちゃんはポテトとそこそこ仲が良かった。天使だから、こういう用件でも話し相手、このときは私に自由意志があることをさらっとわからせてくれた。自由ぽかったから私は、今更友達やるのはめんどい、嫌いなわけでも恨みがあるわけでもない、彼女自体がめんどいわけでもない、私の問題だけど解決する気はない、と並べ立てて、法螺がどうとかは言えないまま天使はわかったと言ってそれから二度とポテトの話はしてこなかった。私はこんな感じで常に天使ちゃんに甘えていたけど彼女に何か得のあることをした覚えは全然ない。

ポテトちゃん、元気だといいなとおもう。成人式に来てたか憶えてない。

嘘だとわからない嘘ならいくらでも聞きたいなあ。